スナーク号の航海(25) - ジャック・ロンドン著

ぼくらは広くて立派な芝生の上を、ロイヤルパームの並木のある通りまで歩いた。芝生はさらに続いていて、風格のある巨木の緑陰を歩いた。あたりには小鳥の鳴き声や、風にそよぐ大きなユリや燃えるような花の開いたハイビスカスの濃厚で暖かい芳香が満ちていた。何もなく絶えず揺れている海の上にずっといたぼくらにとって、ほとんどありえないような美しさだった。チャーミアンは手を伸ばしてぼくにしがみついた──言葉では言い表せない美しさに負けないようにするためだろうと思ったのだが、そうではなかった。ぼくは彼女を支えようと足を踏ん張った。が、ぼくらの周囲の花や芝生もよろめき、揺れ始めた。地震のようだったが、被害もなく一瞬で通りすぎた。こんなに大地が揺れていては、立っているだけでもかなりむずかしかった。警戒していると、何も起こらなかった。だが、注意をそらすと、地面はまたすぐに揺れ始め、周囲の景色すべてが揺れて持ち上がり、あらゆる角度に傾いた。一度さっと振り返ったのだが、ロイヤルパームの堂々とした並木も宙に弧を描いていた。しかし、それを目撃した瞬間に、穏やかな夢に戻った。

それから、とても見晴らしのいいベランダのある瀟洒な建物までやってきた。楽園で悠々自適の人の住居だ。風を入れるために窓もドアも大きく開けてあり、小鳥の鳴き声が聞こえ、あたり一帯にいい香りもただよっていた。壁にはタパ布がかけられていた。長椅子には植物を編んだカバーがかけられていた。グランドピアノもあった。子守歌よりうるさい音楽は演奏されたことがないように思われた。召使たち──着物を着た日本の女性──が音を立てずに蝶のように動きまわっている。すべてが、ありえないほどすばらしかった。ここでは恐ろしい海にいて燃え上がる熱帯の日差しに焼かれたりすることはない。あまりにもすばらしすぎて、本当のこととは思えなかった。現実ではなく、夢の世界の出来事なのだ。ぼくにはわかっていた。というのも、さっき振り返ったとき広々とした部屋の隅でグランドピアノが跳ねまわっていたのを見たのだ。ぼくは何も言わなかった。というのも、ちょうどそのとき、上品な女性、優美な白い服を着た美しい女主人から歓迎されているところだったからだ。女主人はサンダルばきで、ずっと前からの知り合いのように、ぼくらを迎え入れてくれた。

ぼくらはベランダのテーブルについた。蝶のようなメイドに給仕してもらい、見たことのない食べ物やポイと呼ばれるどろどろした汁を食した。しかし、夢はさめるものだ。世界は虹色の、まさにはじけようとするシャボン玉のように揺れ動いた。ぼくは緑の草地や風格のある木々やハイビスカスの花を見ていたのだが、いきなりテーブルが動き出したように感じた。テーブルと、テーブルの向こうにいる女主人が、ベランダが、緋色のハイビスカス、緑の芝生や木々が──すべてが持ち上がり、目の前で傾き、揺れ動き、巨大な波の谷間に沈んでいく。ぼくはひきつったまま椅子に手をやり、しっかりと握った。椅子にしがみつくのと同じように自分は夢にしがみついているとも感じた。波が押し寄せて、おとぎの国を水びたしにするのは驚くべきことではなかったし、自分がスナーク号の舵輪を持っていて、対数の勉強から何気なく顔を上げただけだとも思っていた。しかし、夢はさめなかった。ぼくは女主人とその夫をそっと見た。彼らはまったく動揺していなかった。テーブルの上の皿も動いていかった。ハイビスカスも木々も芝生もそこにあった。何も変わっていなかった。ぼくは飲み物をおかわりした。夢はさらに現実のものとなった。

「紅茶にアイスを入れましょうか」と女主人がたずねた。それから、彼女の側のテーブルがゆっくり沈み、ぼくは「はい」と四十五度の角度で見おろしながらこたえた。
「サメと言えば」と、女主人の夫が言った。「ニイハウに一人の男がいたんですがね──」 そして、その瞬間にテーブルが持ち上がって揺れた。ぼくは四十五度の角度で彼を見上げた。

昼食はさらに続いた。チャーミアンがあぶなっかしく歩く様子を見ていられなかったので、まだ座っていられることにほっとした。ところが、いきなり、不可解なおそろしい言葉がこの人たちの唇からもれた。「ああ、やっぱり」と、ぼくは思った。「ここで夢が消えていくんだな」 ぼくは椅子を必死につかもうとした。この桃源郷のかすかな名残りをスナーク号の現実に戻っても忘れないようにしなければと決意していた。すべてが揺らめいて夢が消えていくのを感じた。そのとき、不可解なおそろしい言葉が繰り返された。それは「マスコミだ」とも聞こえた。三人の男が芝生を横切ってやってくるのが見えた。なんと、記者連中だ! ということは、結局、夢だと思いこもうとしていたことは、誰もが認める現実だったのだ。光り輝く海面の向こうに、錨泊しているスナーク号が見えた。サンフランシスコからハワイまであの船で航海してきたこと、ここがパール・ハーバーであること、さらに、自己紹介して、最初の質問に「そうです。ぼくらはずっと素晴らしい天候に恵まれていたのです」と答えたことを思い出した。

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ドリーム・ハーバー

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