今週の名言・迷言 29

宇宙に異星人はごく普通に存在していると思う。知的生命体はずっと少ないだろうがね。地球にはまだ出現していないという人もいる。

スティーヴン・ホーキング

今年(2018年)3月14日に76歳で亡くなった物理学者スティーヴン・ホーキングの言葉です。

学生時代に筋委縮性側索硬化症(ALS)を発症し、以後、車いすでの生活を余儀なくされながら、ブラックホールなどの研究と一般への啓蒙活動を精力的に続けたことでも知られています。

この言葉は、人間はまだ「知的」と呼べる生命体ではないという博士一流のジョークで、昨今の国内外のニュースを見ていると「たしかにそうだ」と思わせるものがありますが、博士は「我々はごく平均的な恒星を周回している小さな惑星の一つに生きている進化した種の猿にすぎない」とも述べています。

その後に「だが、我々は宇宙を理解できるし、これが我々を特別な存在にしている」と続きます。

今週の名言・迷言 28

また自分の頭がおかしくなっていくのを感じます……私は最善と思われることをするつもりです。

バージニア・ウルフ

前回に引き続き、イギリスの女流作家バージニア・ウルフの言葉です。

これは夫宛の遺書からの引用です。
VWoolf-suicideletter

バージニア・ウルフは以前から躁うつ病に悩まされていましたが、それがひどくなり、自宅近くの川で入水自殺しました。1941年3月28日のことでした。享年五十九歳。

英国は日本に比べるとかなり北にあり、三月といってもまだまだ寒いのですが、体が浮き上がらないようにコートのポケットに石を詰めていたそうです。そのために遺体が発見されたのは自殺から約二十日後でした。

ここに全文を紹介しておきます。

いとしい人
また自分の頭がおかしくなっていくのを感じます。もうあのひどい状態には耐えきれない気がします。私は今度は回復しないでしょう。声が聞こえ始めて集中できないのです。なので、私は最善と思われることをするつもりです。

あなたは私をこの上なく幸福にしてくれました。あなたは、あらゆる意味で、かけがえのない人でした。この恐ろしい病気にかかる前の私たちくらい幸福なカップルはなかったと思います。私はもうこれ以上、闘うことはできません。私はあなたの人生をだいなしにしています。私がいなければ、あなたは自分の仕事ができるのですから。私はもうこんな文章さえちゃんと書けません。読むこともできません。私が言いたいのは、私の人生の幸福はすべてあなたのおかげだったということです。私に対して、あなたは本当にがまん強く、信じられないほどよくしてくれました。誰でも知っていることですが、私はこう言いたいのです──もし誰か私を救うことができたのだとしたら、それはあなた以外になかった、と。あなたのやさしさをのぞけば、私にはもう何もありません。私はもうこれ以上、あなたの人生をだいなしにすることはできません。

私たち以上に幸福でありえたカップルはいないと思います。

今週の名言・迷言 27

自分の書斎に鍵をかけたければ、かければよいでしょう。だけど、あなたの心の自由に扉は存在しないし、鍵をかけたり閉じ込めたりすることはできないのです。

バージニア・ウルフ

イギリスの作家バージニア・ウルフ(1882年~1941年)のエッセイ集『自分だけの部屋』から。

このエッセイ集は、作家としての地位を確立した四十代半ばの1928年秋、ケンブリッジ大学のニューハム・カレッジとガートン・カレッジで、作家志望の女子学生を対象に行った「女性と創作」と題する一連の講義をもとにしたものです。

男社会のなかで、女性は男に比較すれば貧しくて書く自由をもたらしてくれる経済的自由にも恵まれていないため、「女性が小説を書くには(経済的に自立できる)お金と自分だけの部屋が必要」と説き、またそれまでの女性作家が直面したさまざまな問題についても取り上げています。

今週の名言・迷言 26

書く秘訣なんて何もない。ただタイプライターの前に座って、血のにじむような努力をするだけだ。

アーネスト・ヘミングウェイ

ヘミングウェイ(1899年~1961年)は、第二次世界大戦をはさんで、二十世紀アメリカ文学の旗手として社会現象を起こすような存在だったノーベル賞作家で、『誰がために鐘は鳴る』『武器よさらば』『老人と海』などの作品があります。

行動派の作家としても知られていましたが、晩年は躁うつ病のような状態に苦しみ、銃で自殺しました(享年六十二歳)。

三十五歳のとき、ノルウェーからの移民の子である、二十二歳の作家志望のアーノルド・サミュエルソンに、作家になる必読書として十六冊の本を示しましたのが、この手書きのメモです。
hemingway_readinglist
(Source: “With Hemingway”by Arnold Samuelson)

日本語のタイトルとしては、

『青いホテル』スティーヴン・クレイン、
『オープン・ボート』スティーヴン・クレイン、
『ボヴァリー夫人』ギュスターヴ・フローベール、
『ダブリン市民』ジェームズ・ジョイス、
『赤と黒』スタンダール、
『人間の絆』サマセット・モーム、
『アンナ・カレーニナ』トルストイ、
『戦争と平和』トルストイ、
『ブッデンブローク家の人々』トーマス・マン、
『歓迎と別れ』ジョージ・ムーア、
『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー、
『英語韻文集』オックスフォード大学出版、
『大きな部屋』E.E.カミングス、
『嵐が丘』エミリー・ブロンテ、
『はるかな国 とおい昔』ウィリアム・ハドソン、
『アメリカ人』ヘンリー・ジェームズ

となります。

いわゆる世界文学を代表する古典も含まれていますが、二作選ばれているのはトルストイと、日本の読者にはちょっとなじみの薄いスティーヴン(ステファン)クレインの二人だけというのも興味深いところです。

人生の名言・迷言 25

年齢は、年の数ではなく、友人の数でかぞえよう。人生は、涙の数ではなく、ほほえみの数でかぞえよう。

ジョン・レノン?

これはビートルズのジョン・レノンの言葉として知られていますが、実はその前から存在していて、ジョン・レノンが取り上げたことで、広く知られるようになったというのが真相のようです。

ジョン・レノンが生まれたのは1940年ですが、ニューヨークタイムズやニューヨーカー誌などによれば、その前からバースデイカードに作者名なしで印刷されていたとか、ローカル新聞に発表された詩の一節だった、歌手のビング・クロスビーの妻の作だとするものなど諸説あり、それぞれ細部が微妙に異なっています。

年代順に遡っていくと、1927年の作者不詳のバースデイカードに印刷されていたというのが、一番古いようです。

ちなみに、1935年にE.B.ホワイト編でニューヨーカー誌に掲載されたものによれば、ビング・クロスビー夫人で女優のディキシー・リーが出版社に5ドルで売って、そのお金で編集者に昼食をごちそうしたというエピソード付きで紹介された詩では、こうなっています。

庭では、落ち葉ではなく、花の数をかぞえなさい。
生活では、輝いていた日数をかぞえ、
雲なんて、忘れてしまいなさい。
夜は、影ではなく、星の数をかぞえなさい。
人生では、涙ではなく、ほほえみを数えなさい。
そして、こうしたことを喜びとして、誕生日には
年齢について、年数ではなく、友人の数を数えなさい。