4 太陽や月、星が観測できないときの推測航法

太陽などの天体は天候が悪ければ測定のしようがない。それに毎日正午に天測するにしても、その間の位置も可能であれば知っておく必要がある。
そのときに用いられるのが推測航法(Dead Reckoning navigation、略称は DR)である。
航海術としては最も単純かつ確実で、直感的にわかりやすい。

十五世紀にインドへの新しい航路を探るつもりで新大陸(の周辺の島々)を思いがけず発見してしまったクリストファー・コロンブスの航海術も、基本は推測航法だった。
古代からあるアストロラーベや当時最新の四分儀を用いて北極星の高度を観測したりはしたようだが、航海日誌を見ると、かなりの誤差が生じたりして、あまり信頼できなかったようだ。その時代、六分儀はまだ登場していない。

コロンブスは詳細な航海日誌を残した最初の大航海家だが、その航海の大半はこの方法によったらしい。

推測航法とは、「方位磁石(コンパス)で船が進んでいる方角を調べ、その方向に船が進んだ速度と時間から航海距離を算出し、それを海図上に作図」して、船の現在位置を知る方法である。
コロンブスの時代は砂時計とトラバースボードを用いて約30分おきに記録していたが、普通はそれを1時間ごとに繰り返す。

海図には必ず真方位と磁針方位を同心円で示したコンパスローズというものが印刷されている。
compasrose02

コンパスローズの方位に合わせ、前回に確認した船の位置と重なるまで平行移動させて、進行方向に線を引く。

直線の平行移動には日本では三角定規二枚を組み合わせて使うのが一般的だ。欧米のヨットでは、平行定規という小さな車輪がついたものを使うことが多い。どちらでもかまわないが、コンパスローズでは磁針方位を使うのか真方位を使うのかは明確に(意識して)区別しておくこと。

そして、所定の時間に進んだ距離(速度×時間)分の長さを二本足のディバイダ(作図用コンパスでもよい)で海図の左右の縁に印刷してある緯度の目盛りから取って、引いた線の上に印をつける。
それが現在位置になる。

距離は 1’(1分)=1海里(1852 m)
速度は 1ノット=時速1海里

経度はそのときの場所によって幅が変化するので、海図で距離を測るときは、必ず緯度の目盛りからとること。

進行方向、速度、時間について、注意点を順に説明する。

進行方向―偏差と自差
進行方向は方位磁石でわかるが、地球の回転軸(地軸、真北)と磁石の指す北(磁北)にはズレがある。このズレを偏差(Variation)と呼ぶ。

偏差は海図に記載されている(地域ごとに異なる)。
磁北は絶えず移動しているため、海図を作成したときから年数を経ていれば、その分の修正も必要になる。作成年と、1年でどれくらいズレていくかも海図には記載されているので、その分も加算して修正する必要がある。

また、方位磁石(コンパス)には、それぞれの船特有の自差(deviation)というものが存在する。これは磁石が船の金属などの影響を受けることによるズレだ。

船舶用の方位磁石にはこれを修正する方法が用意されていることが多い(補正用のネジや薄い金属片の挿入など)。それでも解消しきれないズレは、航海前にあらかじめ、船がどの方向を向いたときに何度くらいズレが生じるのかを確認して一覧表やグラフにしておき、方位磁石の示す値にその分を加減することになる。

deviationcurve

コンパスの自差測定の手順

1.トランシット法
陸の見える場所では、海図に記入されていて同時に同じ方向に見える二つの目標物を探す。たとえば、港の灯台とその背後にある山の頂上などだ。

その二つを結んだ線の延長上(トランシットという)に船を移動させ、その線上から外れないようにして(たとえば、灯台と山頂が上下に重なる位置を維持しながら)船の向きを東西南北とその中間の八方位に順次向けていき、その都度、トランシットがどの方角になるかを記録する。
海図で測ったトランシットの方角と、八方位における測定値との差が自差になる。自差がなければ、すべて海図と同じ角度になるはずだ。

具体的には、トランシットが海図上では60度の方角になるはずなのに、南東の位置で測ったときに63度だったとすると、「船が南東を向いているときは、方位磁石は+3度ズレている」ことになる。これは船の方向によって少しずつ変わることが多い。

2.遠方物標法
陸の見えない外洋で自差を測定するには、太陽のような非常に遠い天体を選び、船を旋回させて順に上述の八方位に船首を向け、その都度、天体の方位を測定する。
8方位での測定値を合計し、また8で割って平均値を出す。
その平均値と各8方位での測定値の差が自差になる。

速度―対水速度と対地速度
ヨットなどで使用する速度計には、船尾から垂らし水の抵抗でくるくる回る回転数を調べる曳航式ログや、船体に取り付けた小さな水車のようなものなど各種ある。なれてくれば大体何ノットくらいで走っているかの検討はつくようになるが、計器を使った方が誤差は少ない。

重要なのは、速度には海面を何ノットで進んでいるのかという対水速度と、実際に地表面に対してどれくらいの速度で進んでいるのかという対地速度があり、それを明確に区別するということだ。

一般的な速度計は対水速度を示すもので、仮に速度が5ノットの表示だったとして、海流や潮流が同じ方向に2ノットで流れていれば、実際には(動かない地面からすれば)5+2=7ノットで走っていることになる。
潮の流れが正反対だとすると(逆潮)、5ノットの表示が出ていても、実際には5-2=3ノットでしか動いていないことになる。
海図に作図するときは対地速度で計算したものを使う。つまり、対水速度については、そのときの潮流や海流がどっちの方向にどれくらいの速さで流れているかも考慮しなければならない。

ちなみにGPSで示される速度は対地速度だ。

これを使えば簡単だが、だったら六分儀で天測するまでもないという最初の話に逆戻りしてしまう。
いずれにしても、この方法がだめなら、あの方法、それが無理ならこっち……と、いざというときの選択肢は多いほど安全係数は高くなるので、知っていて損はない。

六分儀を使った訓練を一度は中止した米国の沿岸警備隊が、最近になって六分儀の教育を再開したが、これもそうしたことの裏付けになるだろうか。