スナーク号の航海 (34) - ジャック・ロンドン著

ひとつ確かなのは、居住地の患者は、ここ以外の場所で隠れて生活している患者よりはるかに恵まれているということだ。そういう患者は他人と交わることもなく、病気が露見しないか、少しずつ確実に悪くなっているのではないかと不安を抱えて生きている。ハンセン病の進行は一定していない。この病気になると体がむしばまれるが、潜伏期間はさまざまだ。五年や十年、四十年も症状が悪化せず、元気に生活できることもある。とはいえ、まれに最初の兆候で死に至る場合もある。腕のいい外科医が必要だが、隠れている患者には医者も呼びようがない。たとえば、最初の兆候として足の甲に穿孔性潰瘍ができる場合がある。それが骨にまで達すると壊死が起きる。患者が隠れていれば手術を受けられない。壊死は足の骨まで広がってしまい、短時間に壊疽や他の合併症で死亡することもある。一方、そんな患者がモロカイ島にいたとすれば、外科医が足の手術を行って潰瘍を切除し、骨を消毒し、病気の進行を完全にとめてしまう。手術後ひと月もすれば、患者は馬にも乗れるようになるし、徒競走したり波打ち際で泳いだり、マウンテンアップルを探して谷間の急な坂も歩けるようになる。すでに述べたように、この病気は潜伏しているときは五年、十年あるいは四十年も症状が出ないこともあるのだ。

かつてハンセン病の恐怖とされていたものは、手術で消毒をしなかった時代、グッドヒュー博士やホルマン博士のような医師たちがこの居住地に住みこむようになるより前にまでさかのぼることになる。ゴッドヒュー博士はこの地で先駆的な役割を果たした外科医で、彼の気高い功績はいくら賞賛しても賞賛しすぎることはない。ある日の午前、ぼくは手術室で彼の執刀する三件の手術に立ち会ったのだが、そのうちの二人は新しくつれてこられた男性で、ぼくと同じ蒸気船で到着したのだ。いずれの場合も、病気にやられたのは一か所だけだった。一人はくるぶしにかなり進行した潰瘍ができ、もう一人は脇の下に似たような進行した症状が出ていた。二人とも居住地外にいたので治療を受けておらず、かなり進行していた。どちらの患者の場合も、グッドヒュー博士はすぐに症状の進行を完全にとめ、この二人は四週間もすると元気になり、病気にかかる前のように丈夫になった。この二人が君やぼくと違う唯一の点は、彼らの病気は潜伏し、将来のいつか再発する可能性があるということだけだ。

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モロカイ島。ダミエン神父の教会。

ハンセン病は人類の歴史と同じくらい古い。文字による最古の記録にも出てくる。そして、病気の解明ということになると、現在でもなお当時と比べてあまり進歩していない。昔からとくに接触伝染性があることはよく知られていて、患者は隔離すべきとされてきた。昔と今との違いは、患者はもっと厳格に隔離され、人間らしく扱われて治療されているということだ。しかし、ハンセン病自体はやはり大変な病気だし、まだ解明されていないことも多い。あらゆる国の医師や専門家の報告を読むと、この病気の不可解な特徴が明らかになってくる。こうしたハンセン病の専門家たちは病気のどの段階についても、わからない、という点で口をそろえている。かつては軽々しく独断的に一般化されていたこともあるが、現在ではもう一般化して言われることはない。実施されたすべての調査から引き出しうる唯一可能な一般化は、ハンセン病は接触伝染性があるということだけだ。だが、この伝染性は弱いということは、ほとんど知られていない。ハンセン菌そのものは専門家により分離されている。ハンセン病か否かは細菌検査で判定できる。だが、この病原菌が患者でない人間の体にどうやって入りこむのかは、まだわかっていない。潜伏している期間の長さもわかっていない。あらゆる種類の動物にハンセン菌を植菌しようとした試みも失敗つづきだ。

この病気と闘うための血清を発見しようという努力も成功していない。専門家のあらゆる努力にもかかららず、まだ手がかりも治療法も見つかっていない。ときどき原因が解明され治療法が見つかったと希望の炎が燃えさかることもあるが、そのたびに失敗という闇に吹き消されてしまう。ある医者は、ハンセン病の原因は長期にわたって魚を食べたためだと主張し、自説を大々的にふりかざしたが、それも、インドの高地の医師が、自分の地域の住民にもハンセン病にかかっている者がいるのだが、それはなぜか、と問うまでだった。インド高地に住む住人は先祖代々魚を食べたことがなかったからだ。患者を一種の油や薬物で治療し、治癒したと発表した人もいたが、五年後、十年後、四十年後に再発した。治癒したという主張は、この潜伏した状態を治癒したと勘違いしていたことになる。確かなのは、本当に治ったという事例はまだない、ということだ。

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