スナーク号の航海 (36) - ジャック・ロンドン著

第八章

太陽の家

 たえず動きまわる精霊のように、海や陸の絶景や自然の驚異や美を求めて地球上を旅している多くの人々がいる。そういう人々はヨーロッパにあふれている。フロリダや西インド諸島、ピラミッドやカナディアンロッキーやアメリカのロッキー山脈でも出会うことがある。とはいえ、そういった人々は、この太陽の家では絶滅した恐竜のように稀だ。ハレアカラは「太陽の家」という意味のハワイの言葉だ。壮大な景観の地で、マウイ島にあるのだが、これを眺めてみようという観光客は少ないし、現地まで自分の足で行ってみようとする人はもっと少ない。ほぼゼロだ。だが、自然の美や驚異を求める自然愛好家であれば、ハレアカラ火山では、他のどこにも勝るとも劣らない、すごいものが見られると、あえて言っておこう。ホノルルへは、サンフランシスコから汽船に乗って六日で着く。マウイには、ホノルルから一晩の船旅で着いてしまう。さらに六時間もあれば、海抜一万三十二フィート(約三千五十五メートル)の太陽の家の入口まで行ける、急いだらの話だが。観光客はそこまでは来ないし、ハレアカラ山の斜面には人のいない壮大なパノラマが展開されている。

ぼくらは観光客じゃないので、スナーク号でハレアカラまで行った。この怪物のような山の斜面には、五万エーカー(約二百平方キロ)ほどの牛の牧場があり、ぼくらは高度二千フィートのその場所で一晩すごした。翌朝、ブーツをはき、馬に乗って、カウボーイや荷馬と一緒にウクレレまで登った。ウクレレという名の山荘で、標高五千五百フィート(約千六百七十メートル)のところにある。気候は温暖だが、夜には毛布が必要だし、居間の暖炉には火が焚いてある。ところで、ウクレレというのは、ハワイ語で「ジャンプするノミ」のことだが、ギターを小さくしたようなハワイの楽器でもある。この山荘は楽器の方にちなんで命名されたのだろう。ぼくらは急いでいるわけではないので、その日をウクレレですごし、高度と気圧計について知ったかぶりの議論をし、論拠を証明する必要があるときには気圧計を振りまわしたりした。ぼくらの持っている気圧計は、いままで見たなかで最も優雅で頑丈な道具だ。また、ぼくらは山に自生しているラズベリーを摘んだ。ニワトリの卵かそれより大きなやつだ。ぼくらのいるところから四千五百フィート上にあるハレアカラの山頂まで牧草におおわれた溶岩の斜面が続いていて、それを眺めたり、明るい陽光をあびたぼくらの足元に広がる、雲の激しいせめぎあいを眼下に見てすごした。

snark-page114
五ガロンの袋に分け入れた二十ガロンの水を荷馬で運ぶ

このはてしない雲のせめぎあいは毎日続いている。ウキウキウというのが、北東から吹きこんできてハレアカラにぶつかる貿易風の呼び名だ。ハレアカラ火山はとても巨大で標高も高いため、貿易風はこの山を迂回することになる。そのため、ハレアカラの風下側では、貿易風はまったく吹いていない。それどころか、北東の貿易風とは反対方向の風が吹いている。この風はナウルと呼ばれている。昼も夜もたえずウキウキウとナウルはぶつかりあい、優勢になったり劣勢になったり、脇にそれたり曲がったり、渦を巻いたり旋回したり、よじれたりしている。この風が衝突する様子は、そこで湧き出た雲同志のせめぎあいとして見ることができる。この山岳の周囲に雲が押し寄せ、ぶつかりあっているのだ。ときには、ウキウキウが強い突風となって、ハレアカラ山頂にかかる巨大な雲を吹き払ってしまうこともある。ナウルがそれをうまく利用して新しい雲の戦隊を編成し、古くからの永遠の好敵手を打ち負かしてしまうこともある。ウキウキウは山の東側に巨大な雲を送りこみ、側面からまわりこむ。しかし、ナウルは風下側の隠れ家から、側面の雲を集めては引きこみ、ねじったり引きずったりして編隊を整えて、山の西側周辺からウキウキウに対抗する。その間ずっと、海へと続いている斜面の高いところにある主たる戦場の上でも下でも、ウキウキウとナウルはたえず雲同志の小競り合いを繰り返しているのだが、そうした雲は木々の間や渓谷を抜けて地面に広がり、いきなり互いに襲いかかったりするのだ。ウキウキウとナウルがふいに巨大な積雲を作り出し、あちらこちらでの小競り合いを飲みこみ上空高く舞い上げて、何千フィートもの垂直に伸びた巨大な渦を作ることもある。

とはいえ、主たる戦闘が続くのはハレアカラ火山の西側斜面である。ここで、ナウルの雲は最大になり、圧倒的な勝利をおさめる。ウキウキウは午後遅くになるにつれて弱くなる。貿易風にはそういう傾向があり、反対側から吹いてくるハウルのために吹き払われてしまうのだ。ナウルの方が卓越するようになる。ナウルは終日、雲を集めては送り出しているのだ。午後も進むにつれて、はっきりとした積雲ができ、先端は鋭さを増し、長さ数マイル、幅も一マイル、厚さ数百フィートにも達する。この巻雲は少しずつ前進してウキウキウとの戦闘に参加してくるため、ウキウキウは急速に弱まって雲散霧消してしまう。しかし、いつも簡単に白旗をあげているわけではない。ウキウキウが荒れ狂い、無限ともいえる北東風の支援を受けて雲が次々に誕生し、ナウルの積雲を一気に半マイルも撃退し、西マウイの方まで一掃してしまうこともある。この二つの勢力が入り混じってしまい、その結果として一つの巨大な垂直にのびた渦ができ、それが空高く何千フィートも積み重なって、ぐるぐるまわることもある。ウキウキウの本流が雲を低く密集させ、地面近くからナウルの下部にもぐりこむように前進させる。ナウルの巨大な中央部はその一撃を受けて上昇するものの、通常は押し寄せてきた雲を押し返して粉砕してしまう。そうして、その間ずっと、あちこちで小競り合いをしていた迷い雲や切り離された雲が木々や谷間を抜けて草地を進み、いきなり出くわして互いに驚くことになる。はるか上空では、沈みゆく太陽の穏やかだがものさびしい光をあびたハレアカラ山が、この雲の衝突を見おろしている。そうやって夜を迎える。だが、朝になると、貿易風はまた勢いを取り戻し、強い風を集めたウキウキウがナウルの雲を押し戻し、敗走させる。来る日も来る日も、そんな雲のせめぎあいが続く。ここハレアカラ山の斜面では、ウキウキウとナウルが永遠に競いあっているのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です