スナーク号の航海(45)- ジャック・ロンドン著

とはいえ、その夜に雨が降った。水が少ないと思うとかえって喉の渇きを強く感じるものだが、自分の割当分の水をすぐに飲んでしまっていたマーチンは、天幕(オーニング)の下縁で大口をあけ、これまで見たことがない勢いで雨水をがぶ飲みしていた。貴重な水がバケツや桶を満たし、二時間もすると、百二十ガロンもの水が蓄えられた。奇妙なことに、それからマスケサス諸島までの航海ではずっと降雨はなかった。あのスコールがなかったらポンプは施錠したままで、残っているガソリンを燃やして蒸留水を作るしかなかっただろう。

魚も釣った。魚を探す必要はなかった。船の周囲にいくらでもいたからだ。三インチの鋼の釣り針を頑丈なロープの端に結び、白い布きれを餌代わりにつけておくと、それだけで十ポンドから二十五ポンドの重さのカツオが釣れた。カツオはトビウオを餌にしていて、うまそうに見える布きれに針がついているとは思いもしないのだろう。引きも強烈で、針にかかると、釣った本人があっけにとられるくらいの勢いで走りだす。おまけに、カツオは獰猛な肉食系の魚らしく、一匹がかかった瞬間、仲間のカツオがそいつに襲いかかるのだ。船上に吊り上げられたカツオには茶碗ほどの大きさの食いちぎられた跡があったことも一度や二度ではなかった。

何千匹ものカツオの群れが昼夜を問わず三週間以上も船についてきた。スナーク号のおかげで、すばらしい漁を堪能できた。やつらは海上を半海里ほどの幅で千五百海里もの距離を帯状についてきた。カツオはスナーク号の両舷に並行して泳ぎながらトビウオに襲いかかった。なんとかかわして空中を飛翔しているトビウオを後方から追跡し、スナーク号を追いこしていく。後方には、砕け波の前の海面下をゆっくり泳いでいる無数の銀色の魚影が見えた。カツオたちは満腹になると船や帆の陰に入ってのんびり泳ぎながら、ほてった体を冷やしているのだ。

とはいえ、かわいそうなのはトビウオだ! カツオやシイラに追いかけられ、生きたまま食われてしまうので、空中に飛び出すしかない。が、そこでも海鳥に急襲されて海に戻るはめになる。この世界に気の休まるところはないのだ。トビウオが空中を飛翔するのは、別に遊んでいるわけじゃない。生死がかかっている。ぼくらは一日に何千回も顔を上げては、そこで演じられている悲劇を目撃した。一羽の海鳥が旋回している。下を見ると、イルカが背びれを海面につき出して突進していく。その鼻先には海中から空中に飛び出したばかりの、糸を引く銀色の筋が見える。今にも息づかいが聞こえそうだ――パニック、本能の指示、生存の欲求にかられた、きらきらした精妙な有機体の飛翔。海鳥が一匹のトビウオをとらえそこなった。すると、そのトビウオはまた凧(たこ)のように向かい風を受けて高度を上げ、半円を描きながら風下の方へと滑空していく。その下では、シイラが通った跡が泡だっている。シイラは頭上の餌を追跡しながら、大きな目で、朝食となるはずの自分以外の生命体が流れるように滑空していくのをじっと凝視している。シイラはそこまで高く飛び上がれないが、そのトビウオが海鳥に食われなければ遅かれ早かれ海に戻るしかないことをこれまでの経験から知っているのだ。そうなれば――朝食にありつける。ぼくらはこの哀れな翼を持った魚に同情した。これほど欲望がむきだしの血にまみれた大量殺戮を見るのは悲しかった。それからも、夜に当直をしていると、あわれでちっぽけなトビウオがメインセールに当たって落下してきたりした。甲板で跳ねていたりすると、ぼくらはすぐに拾い上げ、シイラやカツオのようにむさぼり食った。朝食だ。トビウオはとてもうまいのだ。こんなうまい肉を食べている捕食魚の体がこれほどうまい肉にならないのか不思議でならない。おそらく、シイラやカツオは餌を捕えるためにものすごいスピードで泳ぐので筋繊維が粗いのだろう。とはいえ、トビウオも高速で移動しているのではあるが。

細いロープに鎖のサルカンと大きな釣り針の仕掛けには、ときどきサメがかかった。サメは水先案内をしてくれるし、邪魔になったりもするが、いろんな形で船を利用しようとする生き物でもある。サメには人食いザメとしておなじみのやつが何種類かいるが、トラのような目に十二列のカミソリのように鋭い歯を持っている。ところで、ぼくらはスナーク号ではたくさんの魚を食べたが、焼いてトマト・ドレッシングにつけこんだサメの肉に比肩できるものはないという点で、ぼくらの意見は一致していた。凪(なぎ)のときには、日本人のコックが「はけ」と呼ぶ魚を釣った。また、スプーンで作った針を百ヤードほどの糸につけてトローリングしていると、長さ三フィート以上で直径三インチほどのヘビのような魚が釣れたこともある。アゴには四本の牙があった。ぼくらが船上で食べたうちでは、こいつが最高にうまかった――肉も香りもすばらしかった。

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