スナーク号の航海(81) - ジャック・ロンドン著

もう一つの人工島のスアヴァで、チャーミアンは二度目の災難にあった。スアヴァで一番の大物だという男(つまり、スアヴァで最高の偉い人)が船に乗ってきたのだ。だが、そいつは最初、ヤンセン船長に自分の高貴な身を包みかくす布が必要だと使者を送ってきた。その間、船に横づけしたカヌーから出ようとはしなかった。この高貴な人の胸には垢が半インチほどの厚さでこびりついていた。その下の層の汚れは十年から二十年は経っていそうだった。貴人はまた使者を船によこした。使者はスアヴァの大君の意向として、ヤンセン船長やぼくに握手する栄誉を与え、ステッキや取引用のたばこをもらってやってもよいが、名門たる自分の立場では女ふぜいと握手をすることは、とうていできることではない、というのだった。かわいそうなチャーミアン! マライタ島での女性蔑視の体験から、彼女はすっかり生まれ変わっていた。表向きはおそろしく従順で謙虚になっていた。ぼくらが文明世界に戻って歩道を歩くときに、彼女が一ヤードほど後ろからうつむいてついてきても驚きはしないほどだ。

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ソロモン諸島のカヌー

スアヴァでは、そうたいしたことは起きなかった。地元出身のコックのビチュが職務放棄して逃げた。ミノタ号は走錨した。激しい風雨に襲われた。航海士のヤコブセンとワダが発熱して病に倒れた。ぼくらの潰瘍はひどくなり拡大した。船にいたゴキブリが七月四日の独立記念日と戴冠式のパレードを一緒にしたような賑わいで歩きまわっていた。きまって深夜に狭い船室に出没した。長さは二、三インチあった。何百匹もいて、それがぼくらの体の上をはいまわるのだ。捕まえようとすると、固い床からパッと飛び上がり、ハチドリのように羽ばたいて移動した。スナーク号にいるゴキブリよりも、ずっと大きかった。スナーク号のゴキブリはまだ幼くて、成長しきれていないのかもしれない。また、スナーク号にはムカデもいた。長さが六インチもある大きなやつだ。ときどき見かけて殺したが、たいていはチャーミアンの寝床にいた。ぼくは二度かまれた。卑怯にも、どちらも眠っているときだった。とはいえ、かわいそうなのはマーチンで、運に見放されていた。病気で三週間も寝ていたのだが、やっと起き上がれるようになったものの、一日で元に戻ってしまった。冒険航海に出てみようなんて夢にも思わない人は賢明だと、ときどき思ったりもする。

この後、ぼくらはマルに戻り、七人の労働者を集めた。錨を上げて、出口に向かった。ここは危険な場所だ。風が急変し、荒々しい岩礁に押し寄せている流れも強くなった。そこをかわして外海に出ようというまぎわに、風向が四十五度も変化した。ミノタ号はそれに合わせてタッキングしようとしたが失敗した。ツラギで錨を二個も失っていたので、残った一つを投錨した。チェーンが出て行き、サンゴにしっかり食いこんだ。ミノタ号の細長いキールが海底に当たった。メインのトップマストが大きく揺れ、それから激しく振動した。頭上に落ちてくるんじゃないかと思うほどだった。急に停止してチェーンがゆるんだところに、大波が押し寄せてきて船にぶつかった。チェーンが切れた。それが残った唯一の錨だった。ミノタ号はぐるりと向きを変えると、そのまま船首から砕け散る波に突進していった。

ひどい混乱が起きた。農園の労働者として採用された連中は甲板の下にいたが全員が陸の民で海をおそれていたので、パニックになって甲板に飛び出してきて、てんでに駆けだした。と同時に、船の乗組員もライフルを取りに走った。彼らはマライタの海岸で起きたことを知っていた。片手は船のために、片手は原住民と戦うために、というわけだ。実際には彼らが片手で何につかまっていたのか、ぼくは知らない。ミノタ号は波に持ち上げられ、転がされ、サンゴにぶつけられるので、ともかく振り落とされないよう何かにつかまっている必要があった。陸の民は索具にぶらさがっていた。トップマストをしっかり見張っておくという発想はないようだった。乗組員たちは上陸用ボートで漕ぎ出し、ミノタ号がさらに岩礁の方に流されないよう、無駄と知りつつ懸命に曳航しようとした。その一方、ヤンセン船長と航海士、彼は発熱で青白い顔をして衰弱していたのだが、バラスト代わりに船底に放り込んであった壊れた錨をまた使えるようにしようと、ストックを取りつけていた。コールフェイルド氏が仲間の少年たちとボートで駆けつけてくれた。

ミノタ号が座礁した当初、周囲にカヌーはいなかった。しかし、青い空を旋回するコンドルのように、あらゆるところからカヌーがやってきた。乗組員たちはいつでもライフルを撃てるよう構え、それ以上近づくと殺すぞと警告した。連中は百フィート(約三十メートル)の距離を保っている。波が打ち寄せる危険な場所だが、黒っぽく不気味な姿で列をなし、パドルを漕ぎつつカヌーの位置を維持している。浜辺の方も、山から降りてきた陸の民ですし詰め状態だった。手に手に槍やスナイドル銃、弓やこん棒で武装している。事態を複雑にしたのは、農園の労働者募集に応じた十人以上の連中が、たばこや交易品、船上のすべてを略奪しようと浜辺で待ち構えている、まさにその陸の民の出身者だったということだ。

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