スナーク号の航海(2)  ジャック・ロンドン著

突き詰めて言えば「好きだから」だ。これは信条のさらに奥に秘められていて、生活のかなめに編みこまれている。この信条という名目で、人は何をすべきかについて時間をかけてもっともらしく語るのだが、要するにそれは「好きだから」に帰着し、信条は消えてしまう。「好きだから」酒飲みは酒を飲むのだし、殉教者は毛のシャツを着て罰を受けるのだ。つまり、それが人を酒飲みにしたり世捨て人にしたりすることになる。人は「好きだから」名声を追い求めたり、金を探したり、愛や別の神を求めたりするので、信条とは、多くの場合、その人の「好み」を説明する方便にすぎない。

とはいえ、スナーク号の話に戻して、ぼくがスナーク号で世界を見てまわる旅をしたいと思う理由に関して言えば、自分が好きかどうかにかかっていて、それが自分にとっての価値を決めるのだ。ぼくが一番好きなのは、個人的な成功というやつだ――世間から喝采を受けるような成功ではないが、自分自身の喜びのために何かを達成するということ。昔から言われている「やった! やった! 自分の手でやったんだぜ!」というやつだ。とはいえ、ぼくに関する個人的な成功は具体的なものじゃなければならない。ぼくは偉大なアメリカ小説を書くことよりも、プールで競って勝ったり、振り落とそうとする暴れ馬を乗りこなしたりしたいのだ。誰にもそれぞれ好きなことがあるだろう。ぼくとは反対に水中で競って勝ったり馬を乗りこなすことより、偉大なアメリカ小説を書く方を選ぶ者もいるだろう。

ぼくの人生で最も誇らしい成功、つまり自分の人生で最高の瞬間は、ぼくが十七のときに起きた。ぼくは日本近海で三本マストのスクーナーに乗っていた。台風にみまわれ、全員がデッキに出て、ほぼ徹夜で奮闘したのだった。ぼくは朝の七時に寝床から呼び出されて舵を持たされた。帆は一枚も張られていなかった。ベアポールで風下に向かっていたが、スクーナーはかなりのスピードで進んでいた。波と波の間は一海里の八分の一(二百メートル強)もあり、白波の頂点は風に吹き飛ばされ宙を舞ったので、その波しぶきで二つ以上の波の向こうを見通すことができなかった。スクーナーはほとんど手に負えなくなりかけていて、左右に横揺れし、南東と南西の間で不安定に向きを変えていた。大波に船尾が持ち上げられたとき、ブローチングしそうになった。ブローチングして横倒しになっていたら、船は乗員もろとも行方不明となり「消息なし」と報告されていただろう。

ぼくは舵輪をつかんだ。航海士は少し離れてぼくを見ていた。彼はぼくが若すぎると思っていて、嵐に耐える強さや神経を持ち合わせていないのでないかと恐れていた。だが、ぼくがスクーナーをうまく操っているのを見て、しばらくしてから朝食を食べに下に降りていった。船首でも船尾でも、いまでは全員がデッキの下に降りて朝食をとっていた。船が横倒しになれば、連中は一人残らずデッキまで出てくることもできないだろう。四十分間、ぼくは一人で舵をとっていた。海に翻弄されるスクーナーと二十二名の男の命が、自分の手にかかっていた。一度、船尾に大波が当たった。その波が迫ってくるのが見えた。何トンもの海水が流れこみ、ぼくを押しつぶそうとした。ぼくは半分おぼれかけ、スクーナーも横倒しになりかけた。一時間後にやっと解放されたが、汗びっしょりで疲れ果てていた。だが、自分はやったのだ! 自分の手で舵を握って対処し、何百トンもある木と鉄の船をあやつって数百万トンもの風と波をくぐり抜けたのだ。

そのときの喜びは、二十二人の男達がぼくのやったことを知っていたという事実にではなく――自分がそれをやってのけたというところにあった。当時の仲間の半分以上はもう死んだり所在不明になっているが、自分がやってのけたことに対する誇りは半分も色あせていない。とはいえ、ここで正直に告白すると、自分のやったことを知っている人が少しはいてほしいとは思う。その少数の知っている人は、ぼくのことが好きで、ぼくの方も好きでなければならない。個人的な成功をおさめると、ぼくは仲間の自分に対する愛情は当然だと感じる。だが、これはやってのけたこと自体から得られる喜びとはまったく別である。この喜びは自分自身のものであり、目撃者がいるか否かは関係ない。ぼくは自分がそんなことをやれたときには得意満面になる。栄光に包まれるのだ。自分自身に誇りを持っていることが自分でもわかる。これは自然な感情だ。ぼくという存在を作りあげている細胞すべてが、そのことにぞくぞくするほど感激している。これはきわめて自然なことだし、単に環境にうまく適応できたという満足感の問題でもある。ぼくのいう成功とはそういうことだ。
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訳注
*1 ベアポール: ヨットや帆船での荒天対策の1つで、帆をすべて下ろしてしまうこと。この状態でも、マストに受ける風圧だけで風下に流されていく。

*2 ブローチング: 荒天で風下に向けて進んでいるときに、舵がきかなくなり、船が急激に風上方向に切り上がること。そのまま横倒しになることもある。
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