スナーク号の航海 (53) - ジャック・ロンドン著

ホオウミは小さな谷で、タイピー渓谷とは低い尾根で分けられている。ぼくらは言うことをきかない馬にさんざん手こずった末に、尾根のこちら側から出発した。一マイルほど進んだところで、ウォレンの馬がよりによってこの細い道で一番危険なところを選んだものだから、ぼくらは五分ほどはらはらさせられた。タイピー渓谷の入口あたりまで行くと、かつてメルヴィルが逃げだした浜辺が下の方に見えた。その当時、そこには捕鯨船のキャッチャーボートが停泊していたのだ。タブー視されたカナカ人のカラコエエがその海辺に立ち、とらわれた水夫たるメルヴィルを引き取るべく交渉していたのだ。メルヴィルはその場所でファヤウェイと別れの抱擁をし、ボートに向かって突進したのだった。その先の方には、モウモウをはじめとする追っ手たちがメルヴィルを乗せて逃げるボートを阻止しようと泳ぎだした場所があった。追っ手の連中は船縁をつかんだが、その手首にボートをこいでいた連中のナイフが振り下ろされた。親玉のモウモウはといえば、メルヴィルの手にしたボートフックの一撃をのどにくらったのだ。

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強かった民族の末裔の一人

ぼくらはホオウミまで馬に乗って行った。ここもタイピーに属するので、メルヴィルはここの住人にはしょっちゅう会っていたのだが、あまりに近いので、彼はここにこんな谷が存在するとは思ってもいなかった。ぼくらはそのときと同じ放棄されたパエパエを通った。海に近づくにつれて、たくさんのココヤシやパンノキやタロ芋畑、それに一ダースほどの草ぶきの家が見えてきた。そうした家の一つで、夜をすごすことになった。すぐに宴が始まった。子豚を殺して熱した石にのせて焼き、鶏はココナツミルクのシチューの具になった。ぼくは料理をしていた一人に頼んで特に高いココヤシの木に登ってもらった。実がなっている木のてっぺんは地上からゆうに百二十五フィート*1はあった。頼んだ男はすたすた登っていく。両手で木を抱え、足裏を幹にぴたりとつけ、腰にはジャックナイフを差した格好で、上まですいすいと登っていった。この木には足がかりになるようなものはないし、ロープも使わなかった。百二十五フィートもの高さの木にさっと登って、てっぺんから実を落とす。こんな芸当は誰もができるわけじゃない。というか、ここにいる大半の連中は今にも死にそうに咳をしていた。たえずぐちを言ったりうめき声をあげている女もいた。ひどく肺をやられているのだ。男女どちらにも完全に純粋なマルケサス人はほとんどいなかった。大半がフランス人やイギリス人、オランダ人、中国人などとのハーフやクォーターだ。新鮮な血の注入はせいぜい種としての滅亡を遅らせただけだったが、こうした状況を目にすると、はたしてその甲斐があったのか疑問にも思えてくる。

宴会は広いパエパエで開かれた。パエパエは石組みの祭壇のようなものだ。その奥に、ぼくらが眠る予定の住居があった。料理では最初に生魚とポイポイが出てきた。これはタロ芋でつくるハワイのポイより酸味が強かった。マルケサス諸島のポイポイはパンノキの実で作られる。熟した果実の芯をとりのぞいてヒョウタンの器に入れ、石棒ですりつぶす。この段階で葉で包んで地中に埋めておくこともできる。何年も持つ*2。とはいえ、食べるには、さらに処理が必要だ。葉で包んだものを、豚と同じように、熱した石の上に並べて焼くのだ。それから水をまぜて薄くのばす。とけ出すほど柔らかくはせず、人差し指と中指の間にはさんで食べられるくらいにする。知れば知るほど、これはうまくて健康的な食べ物だということがわかってくる。熟したパンノキの実は煮るか焼く! うまい。パンノキとタロ芋という組み合わせは食用野菜の王様だ。パンノキという呼称は明らかに誤りで、食感はどちらかといえばサツマイモに近いが、サツマイモほど粉っぽくもなく甘くもない。
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ココヤシの木陰

宴は終わった。タイピー渓谷に月が昇るのが見えた。大気には香油のような、かすかに花の香りが漂っている。魔法のような夜だった。葉を揺らすそよ風すらなく、死んだように静かだ。ひと休みすると、あまりの美しさに痛いほど悲しい気がした。はるか遠く、浜辺に寄せる波音がかすかに聞こえてくる。ベッドなどはなかった。ぼくらは眠くなると地面の柔らかいところに横になって寝た。近くに一人の女性が寝ていた。苦しそうにうめいている。ぼくらのまわりでは、死にかけた島人たちの咳が一晩中とぎれることなく聞こえていた。

訳注
*1: 百二十五フィートは約三十八メートル。一般にココヤシの樹高は高いもので三十メートルとされるが原文のまま訳出。ココヤシの実がココナツ。
*2: 地中で発酵させることで長期保存が可能になる。

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