スナーク号の航海 (59) - ジャック・ロンドン著

第十二章

歓待

よそ者が到着すると、誰もがわれさきに駆け寄って友人として自分の住まいに連れて行こうとする。そこでは地区の住民から最大級のもてなしを受ける。上座に座らされ最高のごちそうがふるまわれる。
ポリネシア人の研究

スナーク号はライアテア島でウツロア村の沖合いに錨泊していた。昨夜着いたときは暗くなっていたので、ぼくらは朝から上陸する準備をしていた。早朝、ぼくは小さなアウトリガーカヌー*1が礁湖を飛ぶようにやってくるに気がついた。ちょっと考えられないような巨大なスプリットスルを揚げている。カヌー自体は棺桶のような形をした丸木舟で、長さ十四フィート(約四・二メートル)、幅十二インチ(約三十センチ)、深さ二十四インチ(約六十センチ)ほどだ。両端がとがっているのを除けば、船というにはほど遠い。舷側は垂直になっているし、アウトリガーがなければすぐにひっくり返ってしまうだろう。ちゃんと縦になって浮かんでいられるのはアウトリガーのおかげだ。

ありえないセイルと言ったが、たしかにそうなのだ。実際に自分の目で見ない限り、とても信じられないだろう。というか、見たって目を疑うしかない。セイルを揚げた状態でのブームの長さに衝撃を受けてしまう。帆の上の方がとんでもなくでかいのだ。あまりにも大きいので、普通の風が吹いただけでスプリット(斜桁)はそのパワーを支えきれないだろう。帆を支えている帆桁の一端はカヌーに固定されているが、もう一端は海面上に飛び出していて、張り綱で支えてある。セイルの下縁はメインシートで下に引かれているが、帆の上縁はスプリットに固定されている*2。

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とんでもない帆

単なるボートではないし、単なるカヌーでもなく、セイリングに特化したマシンというべきか*3。操作している男は自分の体重をうまく使って強心臓で帆走させているが、心臓の強さの方がまさっているだろう。このカヌーが風下から風上へ向かうのと村の方へ風下帆走するのを見ていたが、一人きりの乗員は、風上に切り上がっていくときはアウトリガーの外側の方に身を乗り出し、風が強くなるとうまく風を逃がしていた。

「ようし決めた」と、ぼくは宣言した。「あのカヌーに乗るまでライアテアを出ないぞ」
数分後、ウォレンがコンパニオンウェイからぼくを呼んだ。「あんたが言ってたカヌーがまた来たぜ」
ぼくは甲板に飛び出し、持ち主に挨拶した。長身痩躯のポリネシア人で、無邪気な顔をしていた。澄んだきらきらした眼をして、頭も良さそうだった。赤い腰巻きに麦わら帽子という格好だ。両手には贈り物を持っていた。魚一匹とひと抱えの野菜類、それに何個かの巨大なヤムイモ。そのすべてが微笑(これがポリネシアの島々での通貨だ)と何回ものマウルール(タヒチ語で「ありがとう」)で受け渡しされる。ぼくは、そのカヌーに乗って見たいと身振り手振りをまじえて伝えてみた。

彼の顔は喜びに輝いて「タハア」とひとこと言い、同時に三マイルほど離れた島の、高くて雲がかかった山頂にカヌーを向けた。タハア島だ。いい風が吹いてはいたが、戻りは風上航になるし、ここにきてタハア島に行きたいとは思わなかった。ぼくはライアテアへの手紙をことづかってきていたし、役人にも会わなきゃならず、下の船室には上陸する準備をしているチャーミアンもいた。ぼくは何度も身振りで礁湖でちょっと帆走してみたいだけだという希望を伝えた。彼の顔にはすぐに失望した表情が浮かんだが、微笑して承諾してくれた。
「ちょっとセイリングしようぜ」と、ぼくは下のチャーミアンを呼んだ。「でも水着を着ろよ。ぬれるから」
現実とは思えなかった。夢だった。カヌーは海面を猛スピードで滑走した。タイハイーが操船している間、ぼくはアウトリガーに身を乗りだして、風でカヌーが持ち上がるのを体重で抑えた。風が強くなると、彼もアウトリガーに身を乗りだし、同時に足でメインシートを押さえこみ、両手で大きな舵を操作した。
「タック用意!」と、彼が叫んだ。
帆から風が抜けていくときにバランスをとるため、ぼくは慎重に体重を内側に移動させる。
「タック!」と叫ぶと、彼はカヌーを風上に向けた。
ぼくはカヌーから横につきだしている腕木に乗って反対側の海面上に移動した。反対舷で風を受けてまた帆走する。
「オーライ」と、タイハイーが言った。
タック用意、タック、オーライという三つの言葉がタイハイーの知っている英語だった。それで、彼はアメリカ人の船長のいる船にカナカ人の船乗りとして乗り組んでいたことがあったのではないかと、ぼくは思った。風がとぎれ、また次の風が吹いてくるまでの間、ぼくは彼に対して繰り返し「船乗り」という言葉を口にしてみた。フランス語でも言ってみた。海という言葉も水夫という言葉も通じなかった。ぼくのフランス語の発音が悪いのか、他の理由からか、反応しないのだ。で、ぼくは勝手に自分の想像は当たっていることにした。最後に、近くの島々の名前を言ってみたところ、うんうんと、それには反応した。ぼくの質問がタヒチに及ぶと、彼はその意味がわかったようだった。彼がどういう風に考えているのか、ほとんど手に取るようにわかったし、彼が思案する様子を見ているのは楽しかった。彼ははっきりとうなづいた。そう、タヒチに行ったことがあるのだ。しかも、ティケハウ、ランギロア、ファカラヴァなどの島々の名前も自分から口にした。それはツアモツまで行ったことがある証拠だった。貿易船のスクーナーに乗り組んでいたのだろう。

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タイハイー

訳注
*1: アウトリガーカヌーは南太平洋で発達したカヌーの一種で、細長いカヌーが転覆しないように片側あるいは両側につきだした腕木の先にアマなどとよばれる細い浮力体がつけてある。一般的なカヌーのようにパドルでこいだり帆走したりできる。

*2: 写真で見るかぎり、帆の形状はクラブクロウ(カニのハサミ状)で、とんでもない帆というのは、上部が大きい逆三角形の帆がついていることを指す。

*3: 現代のセイリング・マシンといえば、海のF1とも呼ばれるアメリカズカップに使用されるヨットになるだろう。2016年9月現在、このアメリカズカップの予選となるルイ・ヴィトン・カップが世界各地を転戦しながら行われているが、使用されているヨットは、アウトリガーカヌーが起源ともされるカタマラン(双胴ヨット)である。カタマランは外洋でより遠くへ行けるように、アウトリガーの代わりにカヌーを二隻ならべた進化形で、通常のモノハル(単胴船)が海水を押しのけながら進むのに比べると、海面をすべるように進むので、はるかに効率がよく高速帆走が可能になる。

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