スナーク号の航海 (66) - ジャック・ロンドン著

友人のタイハイイとビハウラがぼくらに敬意を表してこの漁に誘ってくれたのだが、迎えに来ると約束していた。甲板から呼ぶ声が聞こえたとき、ぼくらは船室に降りていた。すぐにコンパニオンウェイまで行って外を見たが、ぼくらが乗る予定のポリネシアの舟を見て圧倒された。横木でつながれている長い双胴のカヌーで、舟全体が花やゴールドの草で飾られているのだ。花の冠をつけた十二名の女たちがパドルを持ち、カヌーそれぞれの最後尾には舵をとる男がいた。みんな赤い腰巻姿で、金や赤、オレンジの花で飾りたてている。どこもかしこも花だらけ。花、花、花できりがない。すべてが色彩の爆発だった。カヌーの船首に渡した板の上ではタイハイイとビハウラが踊っていた。全員が声をそろえて歓迎の歌をうたってくれている。

彼らはスナーク号のまわりを三周してから、チャーミアンとぼくを乗せるためにスナーク号に横づけした。それから釣り場へと向かったが、五マイルほども風上にあり、そこまで漕いでいくのだ。「ボラボラではだれもが陽気だ」という格言めいたおのがソシエテ諸島全体にあるが、ぼくらはそれを実際に体験した。漕ぎながら、カヌーの歌、サメの歌、釣りの歌をうたう。漕ぎながら声をそろえてうたう。ときどき、マオ! という叫び声があがる。と、全員が必死に漕ぐ。マオとはサメのことで、この海のトラが出現すれば、住民たちはまっしぐらに浜へと戻っていく。ちっぽけなカヌーがひっくり返って食われる危険があるとわかっているからだ。むろん、この場合はサメが実際に出たのではなく、サメに追われているときのように必死に漕がせるためだ。「ホエ! ホエ!」という叫び声もあった。ホエは漕げという意味で、パドルはそれまでにもまして激しく海を泡立てた。

渡した板の上ではタイハイイとビハウラが踊っていたが、手拍子に歌やコーラスも加わった。パドルでカヌーの両舷をたたいてリズムをとったりもした。一人の少女がパドルを下に置き、プラットフォームに飛び乗ってフラダンスを踊った。踊りながら左右に体を揺らし、前屈みになり、ぼくらの頬に歓迎のキスをした。歌あるいは頌歌には宗教的なものもあり、それは特に美しく、男たちの深い低音に女たちのアルトやかすかなソプラノがまじって、オルガンを思わせるような音の組み合わせになった。実際に「カナカのオルガン」というのが、この地域の頌歌の別名でもある。その一方で、詠唱やバラードは非常に荒々しく、キリスト教が伝えられる前の時代からのものだ。

そんな風に歌ったり踊ったり漕いだりしながら、この陽気なポリネシア人たちはぼくらを釣りに連れて行ってくれたのだった。ボラボラ島を統治しているフランス人の憲兵も家族同伴で、自分の持つダブルカヌーでぼくらについてきた。漕いでいるのは囚人だ。このフランス人は憲兵で統治者というだけでなく、看守でもあるのだ。そして、この陽気な土地では、誰かが釣りにいくときは皆が行くのだった。ぼくらのまわりには、アウトリガーをつけたカヌーの一団がいた。あるポイントでは、大型の帆走カヌーが姿を現し、ぼくらに挨拶し、追い風を受け、優雅に帆走している。不安定なアウトリガー上でバランスを取りながら、若い三人の男たちが太鼓を激しくたたき、ぼくらに敬意を示してくれた。

次のポイントはそこからさらに一マイルほど先にあったが、そこでも出会いが用意されていた。そこにはウォレンとマーチンが乗ってきた船がいて注目を集めていた。ボラボラ島の人々は、その船の動力の仕組みが理解できないようだった。カヌーを砂浜に引き揚げ、全員が浜にあがってココナツを飲み、歌い、踊った。近くの住家から歩いてやってきた大勢の人々がそれに加わった。花の冠をかぶった女性たちが二人ずつ手をつないで砂浜を歩いてやってくるのが見えたが、とてもかわいらしかった。

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花の冠をかぶり、二人ずつ手をつないだ女性たち

「いつも大きな獲物がかかるんだ」と、ヨーロッパとアジアの血をひくアリコットが言った。「しまいには海が魚であふれるんだ。おもしろいよ。もちろん獲れた魚は全部あんたのものだ」
「全部?」と、ぼくはうめいた。スナーク号はすでに、気前よく贈ってもらった品々、カヌーで運んできてくれた果物、野菜、ブタ、ニワトリを満載しているのだ。
「そうだよ。最後の一匹まで」と、アリコットが答えた。「ほら、まわりを取り囲んでしまったら、あんたが客人の栄誉として、まず最初の一匹をモリで仕留めなきゃなんない。そういう習慣なんだ。それから、みんなが中に入って捕まえた魚を砂浜まで運ぶんだ。魚の山ができるよ。長老の一人が、それをすべてあんたらに捧げるという演説をすることになってる。全部もらう必要はない。あんたは立ち上がって自分がほしい魚を選び取り、残りは返すんだ。すると、みんなが、あんたは気前がいいってほめるわけさ」
「だけど、ぼくが全部もらうって言ったらどうなるんだ?」
「そんなことには決してならない」という返事が来た。「贈り贈られるっていうのが誰にも染みこんでいるから」

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漁の指揮をとるリーダー

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カヌーの輪が小さくなりはじめた

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人間の足で柵をつくる

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