スナーク号の航海(69) - ジャック・ロンドン著

クロノメーターの誤差については、時間を三十一秒プラスして読みとることで妥協し、ニューへブリデス諸島のタンナ島へ向かった。闇夜で陸地を探しながら進むので、ウーレイ船長のクロノメーターに基づいてスナーク号の位置が七海里ずれていることを念頭においておくことにした。タンナ島はフィジーから西南西に約六百海里のところにあり、これくらいの距離だったら、ぼく程度の航海術でも正確に到着できると思っていたし、実際にも無事に着いたのだが、まず出くわしたトラブルについて話を聞いてほしい。航海術といっても、そうむずかしいわけではない。ぼくはいつも自分の航海術には満足していた。とはいえ、ガソリンエンジン三台と妻一人を抱えて世界一周するとなると、エンジンにはガソリンを補給し続けなければならないし、女房には真珠や火山を見せたりしなければならず、とにかく忙しいので、航海術を勉強する時間などない。しかも、そうした科学の勉強を緯度や経度が変わらない陸上の動かない家でするのならともかく、昼も夜も陸を探しながら動いている船上でやるとなると、まったく予想もしていない悪条件下で陸地を見つけだすはめになったりするのだ。

まず羅針盤で進路を設定する必要がある。ぼくらは一九〇八年六月六日土曜の午後にスバを出たのだが、ヴィティ・レヴ島とムベンガ島の間の狭くて岩礁だらけの航路を通過するころには暗くなった。前方には外洋が広がっている。ちょうど行きたい方向の西南西二十海里ほどのところに突き出ている小さなヴァツ・レイル島を別にすれば、通り道で邪魔になるものはなかった。むろん、その島の八海里から十海里ほど北を通過するよう進路をとれば楽にかわせそうだった。闇夜で、追い風を受けて帆走していた。当直で舵を持つ者には、ヴァツ・レイル島をかわす進路をとるよう命じなければならないのだが、どの角度にすればいいのか? ぼくは航海術の本のページをめくった。「真航路」という記載があった。これだ! 真航路にすればいいんだ。本にはこう書いてあった。

真航路とは、海図上で、船の位置と目的地を結んだ直線と子午線(経
線)のなす角(真方位)である。

知りたかったのはこれだ。スナーク号の現在地は、ヴィティ・レヴ島とムベンガ島の間にある航路の西側の入口だ。とりあえず目指す場所は、海図上でヴァツ・レイル島から北に十海里の地点である。ぼくは海図上のその場所にディバイダ*1の針を突き刺し、そこから平行定規を使って真航路が南西になると割り出した。で、その方位を舵の担当者に告げれば、スナーク号は外洋で問題なく進んでいけるわけだ。
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パウモタンの人々

しかし、そう簡単にはいかなかった。ぼくは続きを読み、航海者にとって永遠の友となるべき信頼できる羅針儀が常に真北を指すとは限らないことを知ってしまったのだ。北の位置が変わるのである。方位磁石は真北より東側を指すこともあれば西を指すこともある。場合によっては北に背を向けて南を指すこともある。これを偏差と呼ぶが、地球上でスナーク号のいる場所では、それは羅針盤の針が示している方角からさらに東に九度四十分の方向になる。つまり、舵をとる者には、それを考慮した方位を進路として伝えなければならないのだ。こう書いてある。

補正した磁針航路(方位)は、真航路に偏差を加減して得られる。

というわけで、羅針盤が真北より九度四十分も東の方を指すのであれば、仮に真南に行きたいとすれば、羅針盤が示す方向から九度四十分ずらした方向に船を向けるべきなのだが、そうなると方位磁石の北は北でなくなってしまう。というわけで、いまは南西に向かうべきなので、羅針盤のその方角から進行方向に向かって左に九度四十分を加えて補正した磁針方位を割り出した。これで外洋に出ても道に迷わないはずである。

とはいえ、まだ問題があった! 補正した磁針方位がコンパスコースになるわけではないのだ。別の小さな悪魔が船の針路を誤らせてヴァツ・レイル島の岩礁にぶつけさせようと手ぐすねを引いて待っているのだ。この小さな悪魔の名を自差という。こう書いてある。

コンパスコースとは舵をとる針路のことで、これは補正した磁針方位   に自差を加減して得られる。

自差とは、船に搭載している羅針盤の針の指す方向が船上の鉄の配置に影響されてずれてしまうことだ。これは船ごとに癖があって違っている。スナーク号では、標準として使用する方位磁石の自差を示したカードが用意されていて、それを見ながら補正した磁針航路に自差の分を加減して進むべき方位を導き出す。が、それだけではすまなかった。スナーク号で標準として使用する方位磁石は、コンパニオンウェイ*2の中央に設置されていた。操舵用の方位磁石は船尾のコクピットで舵輪のそばにあった。操舵用の方位磁石が西微南四分の三南*2を指しているとき、標準の方位磁石の方は、そこから西二分の一北にずれた方向を指していた。標準の方位磁石の指す方向が操舵用方位磁石の角度とは違っているのだ。ぼくはスナーク号の向かう方向を標準の方位磁石の指す方向から西微南四分の三南に向かうようにした。そうすると、操舵用方位磁石では南西微西になる*3。

進路を決めるための針路の設定とは、こうした一連の単純な操作でできている。面倒なのは、そうした正しい手順をずっと続けていかなければならないということなのだ。でないと、快適な夜間航海中に「前方に岩!」と誰かが叫ぶのを聞いたり、サメがうようよしている海に飛びこんで海岸まで泳いでいくはめになったりするわけだ。

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フィジー諸島のスバに停泊しているスナーク号

訳注
*1:ディバイダ - 海図で距離を測る道具。製図用のコンパスのような形をしているが両先端とも針がついている。

*2:コンパニオンウェイ-甲板から船室に降りていく出入口。

*3:方位(方角)を示す場合、東西南北の360度を十六分割して、北から時計回りに北北東、北東、東北東、東と22.5度ずつに区切っていくのが普通だが、それをさらに細かくしたものを微で示し、さらにそれを四分割して四分の一南といった表現を加える。現代では北を0度、東を90度、南を180度、西を270度というふうに度で示すのが一般的。

目標が見えない大海原では、羅針盤(=方位磁石、コンパス)の示す磁針方位を参考にして方角を判断するが、やっかいなのは、本文にもあるように、方位磁石の針の示す北が実際の北とは限らないこと。
理論的には、地球上のあらゆる地点で北に向かう線はすべて北極点(真方位の北、地球の自転軸の延長上)に集まるはずだが、実際には、磁石が示す北は北極点から少し離れたところにある。これを磁北という。
だから船で方角を示すときは、真方位なのか磁針方位なのかをはっきりさせておく必要がある。磁北が真北からどれくらいずれているかを偏差といい、これは地球上の地域によって、東にずれたり西にずれたりする。
現在の海図には、その海域の真方位と磁針方位の両方を示したコンパスローズ(羅針図)が印刷されているが、同じ場所の偏差といっても年ごとに少しずつ変化しているため、その分の計算も必要になる。
方位角の問題では、偏差だけではなく、自差も考慮しなければならない。
船に鉄などの金属が使ってあれば、方位磁石はその磁力の影響を受けるため、そのズレについても、あらかじめ調べておかなければならない。
細かいことをいうと、同じ船が同じ場所にあっても、船首がどの方角を向いているかで自差は変化する。さらに、船内に方位磁石が二個あれば、その置かれた場所でも自差は違ってくる。
そうしたことをすべてわきまえた上で進むべき方向を指示するのが航海士というわけで、GPSのない時代に航海士として一人前とみなされるまでには高いハードルがあった。

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