立ち読み:『スナーク号の航海』(ジャック・ロンドン著)1/5

スナーク号の航海
ジャック・ロンドン著
明瀬和弘訳
発行日:2020年11月10日
ISBN 978-4-908086-08-3

『野生の呼び声』や『白い牙』などのアラスカ物で知られるアメリカの作家ジャック・ロンドンは、『馬に乗った水夫』という伝記のタイトルが象徴しているように、北海道沖でのアザラシ猟の漁船に乗り組んだり、ヨットを建造して世界一周航海に出発するなど、生粋の海の男でもあった。本書はヨット、スナーク号による太平洋航海記の全訳(本邦初訳)である。ジャック・ロンドンが十七歳で懸賞エッセイに応募して一等になった幻の、ある意味で事実上の処女作となる『日本沖で遭遇した台風の話』も巻末に収録。

目次

第一章   そもそもの始まり
第二章   信じられない、ひどい話
第三章   冒険
第四章   自分の道を見つける
第五章   ハワイが見えた
第六章   最高のスポーツ
第七章   モロカイ島のハンセン病患者
第八章   太陽の家
第九章   ハワイから南太平洋へ
第十章   タイピー
第十一章  自然人
第十二章  歓待
第十三章  ボラボラのストーン・フィッシング
第十四章  アマチュア航海士
第十五章  ソロモン諸島の航海
第十六章  ソロモン諸島独特のピジン語
第十七章  やぶ医者開業
著者あとがき(リンク)
日本沖で遭遇した台風の話(リンク)
訳者あとがき(リンク)


チャーミアンに捧ぐ

港に入る時も出るときも、また航海中にも
昼夜をわかたず舵を握り、
緊急時には舵を離さず、
二年間の航海を終えると涙した


君は外洋に吹きすさぶ風の音を聞いた
そして、大海原にたたきつける雨音を
ずっと海の歌を聴いてきた
なんと長く!
なんと長く続いたことか!
また出かけようぜ!


第一章   そもそもの始まり

きっかけは、カリフォルニアのグレン・エレンにあるプールにいるときだった。泳ぎ疲れると水から出て砂の上に寝そべり、肌にあたたかな大気を呼吸させつつ日光をあびるというのが、ぼくらの習慣だった。ロスコウはヨット乗りだ。ぼくも多少は船の経験があった。となれば、船について語りあうのは必然だ。
小型の船や小型艇の耐航性について論じ、スローカム船長とスプレー号による彼の三年に及ぶ航海について話しあったりした。
ぼくらは、全長四十フィート(約十二メートル)の小さな船で世界周航するのは別にこわくないと互いに言いはった。また、実際にやってみたいよな、とも。結局、この小型ヨットでの世界一周以上にやりたいことは他にない、ということに落ちついた。
「やろうぜ」と、ぼくらは口をそろえて言った……冗談半分に、だ。
その後で、ぼくはチャーミアンに「本気か」と、そっと聞いてみた。戻ってきた返事は「最高じゃないの」だった。
次にプール脇で砂に寝そべって肌を焼いているとき、ぼくは「やろうぜ」とロスコウに言った。
ぼくは本気だった。やつもそうだった。というのも、やつの返事は「出発はいつにする?」だったからだ。 続きを読む