人生の名言・迷言 68 これは奇妙だ──だが、真実だ。真実は常に奇であって、小説より奇なるものだ
これは奇妙だ──だが、真実だ。
真実は常に奇であって、小説より奇なるものだ。
ジョージ・ゴードン・バイロン
「事実は小説より奇なり」という言葉は、よく知られていますね。
これは、イギリスの詩人バイロン(1788年~1824年)の長編叙事詩『ジョン・ジュアン』(未完)の一節に由来するとされています。
ドン・ジュアンは、日本では、ドン・ファンといった方がピンとくるでしょうか。
スペインの伝説の人物で、好色・放蕩の代名詞となった女たらしです。
バイロンの原文では「事実 (fact)」ではなく「真実 (truth)」という言葉が使われています。
正確には、こうです。
これは奇妙だ──だが真実だ。
というのは、真実というものは常に奇であって、小説より奇なるものであるからだ。
真実が語られうるとすれば、小説はそれと引き換えにいかほどの恩恵を得るであろうか。
世の中を見る人の目が、いかほど違ってくるであろうか。
悪徳と美徳がその位置を入れ替わることがいかに多くあるだろうか。
と続きます。
事実は目に見えるもの、真実はそこに隠されている本当の意味を指すとすれば、この言葉はさらに理解しやすくなるのではないでしょうか。
たとえば、今、男女が道路を急ぎ足で渡っているとします。
男が女の手を引き、荷物を抱えています。
これが客観的な「事実」
二人は駆け落ちをするところかもしれません。
あるいは、
荷物が重くて立ち往生した女性を偶然通りかかった男性が手助けしているだけなのかもしれません。
つまり、外から見ただけ(事実)では、本当のこと(真実)はわからないというわけです。
ドン・ジュアンをめぐっては、色恋沙汰のだましあいから殺人が生じ、道徳と不道徳、美徳と悪徳といった、互いに相反する理念が入り乱れることから、バイロンだけでなく、数多くの作家や音楽家が、たとえば、フランスの作家モリエールが喜劇『ドン・ジュアン、あるいは石像の宴』で、またモーツァルトがオペラ『ドン・ジョバンニ』で、このなんとも憎みきれない悪人を取り上げています。