人生の書 - 考える力(7) ジェームズ・アレン著

思考と目的
思考が目的と結びつくまで、何かが知的に達成されることはない。思考という船は他の多くとともに人生という大海原で「漂う」ことが許される。目的がないことは悪癖であり、破滅的状況や破壊から逃れようとする者はこのような漂流を続けてはならない。

自分の人生で軸になる目的がない者はたやすく心配や不安やトラブル、自己憐憫の餌食となるが、そのすべては弱さを示している。そして、そのことで意図的に計画された原罪のように(さまざまな経路を通って)失敗や不幸、喪失へと導かれていく。というのも、弱さは力がものをいう世界では生き残れないからだ。

人は自分の心のうちに正当な目的を抱き、その実現を目指すべきである。この目的を自分の思考の中心点にすべきだ。これはその時点におけるその人の性質に応じて精神的な理想という形をとる場合もあれば、世俗的な目標である場合もあるが、いずれにしても、自分が定めた目的に自分の思考の焦点を確実に合わせておく必要がある。自分の目的を自分の最高の義務とし、刹那的に空想やあこがれ、想像にふけったりせず、その実現に向けて専心すべきである。これが自己管理と思考を集中させる王道である。目的の実現に何度か失敗したとしても(弱さを克服するまで必然的にそうなるはずだが)、それで得た人格の強靭さがその人が本当に成功したかの尺度となり、それが将来の力や勝利への新しい出発点となるだろう。

偉大な目的を認識する準備ができていない人は、課題がどんなにささいなことに思えたとしても、まず自分がすべきことをきちんとやり遂げようと心がけるべきである。そうすることによってのみ、考えをまとめて集中させることができるし、解決策やエネルギーを得ることができる。これができれば実現できないことは何もない。

最も弱い魂でも、自己の弱さを知り、努力と実践によって強く成長するという真実を信じていれば、そう確信して奮闘し、努力を続け、我慢を重ね、強靭さを加えていけば成長がとまることはないし、ついには神のように強くなるだろう。

体が弱い人が慎重かつ忍耐強くトレーニングすれば自分を強くできるように、心が弱い人は、正しい考え方を練習することで自分自身を強くすることができる。

目的のない状態と弱さを捨て、目的を持った思考を開始するのは、失敗は目的を実現するための通過点の一つにすぎないと認識し、すべての条件を自分のために役立つようにし、不安を抱かず強い気持ちで試行し、うまく実現してしまうような強い人々の仲間に入るということである。

自分の目的を心に描いている人は、脇見をせず、目的を実現するための道筋を心のなかに描く必要がある。疑いや恐れは徹底的に排除すべきである。そういうものは、努力というまっすぐな道を分断し、曲がりくねったものとし、無駄で無用なものとする崩壊の要因である。疑いや不安からは何も達成されず、何かが実現することは決してなく、常に失敗へと導かれる。疑いや不安が忍びこんでくると、目的やエネルギー、行動力、強い考えはすべて中断させられてしまう。

行動しようという意思は、自分ならできるということを知ることから生まれてくる。疑いや恐れはそれを知ることを妨げてしまう。疑いや恐れを排除せず野放しにしておく者は挫折への道を歩いていくことになる。

疑いや恐れを克服する者は、失敗も克服する。自分の考えをすべて力と結びつけ、あらゆる困難に勇敢に立ち向かい、うまく克服してしまう。目的がそれにふさわしく植えつけられることで、花が咲き、地面に決して落ちることのない果実が実るのである。

恐れのない、目的と結びついた思考が創造的な力となる。このことを知っていれば、考えがぐらついたり心が動揺したりすることはなく、より高くより強いものになることができる。これを実践する者は、自分の精神力を自覚し知性を活用できるようになる。

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